第111話 人力

今回は、外食業界全体に逆風が吹いている中でも特に厳しいといわれている、
総合“和”居酒屋のお話をしたいと思います。多くの同業他店が苦戦している中、比較的順調に売り上げを作っているお店です。

コロナ前は何とか利益が出せているといった状況のお店でした。そこにコロナが襲来!2020年は結構な赤字を出してしまいました。

しかし、その後は意外に落ち込みが少なく、今年(特に夏以降)は好調で、このままいけば、なんと2019年の売上に近いレベルに到達しそうな勢いです。

大苦戦が続いている居酒屋業界で、このお店は一体どんな手を打ったのか?はたまた、他店を圧倒するどんな魅力があったのか?ということですが、

【自慢の料理?】

答えはまぁノーと言っていいでしょう。もちろん、料理はなかなか美味い。しかし、総合居酒屋ならではと言えるかもしれませんが、圧倒的な看板メニューというものはありません。お客さんに好きなメニューを聞いてみても答えはバラバラです。

では【酒にこだわり?】

これもノー。いたって無難な品揃えです。

それなら【価格やコスパで他店を圧倒している?】

というとこれも違います。客単価は4,000円弱と平均的な数字といえるのではないでしょうか。

競合店にないものを強いてあげるなら【歴史があること】

今のご主人で3代目です。しかし、歴史あるお店、伝統の味、といったような打ち出しをしているわけではないんです。

では、なぜ?どうやって?このお店が一人勝ちできているのか?

競合店とどこが違うのでしょうか?

それは「人の力の差」だと思います。

大変気持ちのいい接客をしてくれます。なじみのスタッフに会いに足繁く通ってくれるお客さんも多いです。自分の家というか“ナワバリ”に帰ってきた感覚で、とてもリラックスでき、楽しく飲み食いができるお店です。そして料理長も大ベテラン!

以前、経営状況把握のため、諸々の数字をチェックしたところ、このお店の人件費率はなんと40%でした。一般的には売上の20〜30%と言われているので、かなり高いと言えますが、歴史のあるお店はこういう傾向が強いです。

長年勤めている、料理人さんやホールスタッフが生み出す付加価値は、人件費に見合ったものである場合が多いです、実際このお店もそうでした。

ホール係にはそれぞれファンがついていますし、厨房では、経験豊かな料理人さんが、ポピュラーな食材から、魅力的な(酒のアテにぴったりの)メニューを生み出してくれます。結果、原価率は20%程度と低めに抑えられ、FLコストトータルでは60%前後におさまっています。

このコロナ禍で、多くのお店がアルバイト・パート、さらに従業員の削減を余儀なくされました。お店の閉店や廃業も増えました。相次ぐ自宅待機や早上がりに悩んで他業界に転職した方も少なくありません。結果、外食業界全体としての人材流出は非常に深刻な状況になってしまいました。

しかし、このお店はスタッフをだれ一人辞めさせることなくここまで来ています。先代の教えである「“人”が何より大切」という社長の考えはブレなかったのです。資金的な手当ては一時期相当大変だったそうですが・・・

人が十分足りていれば、丁寧な接客ができるもの。スタッフの表情にも余裕が生まれます。ましてこのお店はベテラン揃い。これは強味になります。

先日、ある人気居酒屋に入りましたが、その日は予想以上の来店客らしく、少ないスタッフがほぼ走り回っていました。表情にも余裕がありません。何かこちらまで急かされている気がして、十分楽しめませんでした。ウマい料理と酒があっても、あれではね。

世の中が一斉にスタッフの削減に動いたことが、相対的にこのお店の魅力を高めることになりました。結果、他店の不振をよそに、順調な売り上げをたたきだしているというわけなのです。

まさに【人力】 人の力の強さです。


土屋先生からの一言

コロナ禍で、多くのお店が人件費削減に注力する中、あえて人数をかけておもてなしできれば、それは大きな強味になります。

こんな時に外食してくれるのは、ありがたいお客さんのはず。そのお客さんに、人手が足りずに、満足な“おもてなし”ができなかったら?次の来店はなかなか難しいのではないでしょうか。

全国旅行支援がスタートし、規制緩和で外国人観光客も今後急速に増えていくと予想される中、【人力】の価値も一層高まってきていると思います。


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