第61話 固くて柔らか
今回は、あるラーメン専門店のご主人の話をしたいと思います。厳しい環境のなかで、しぶとく生き残っているお店です。
カウンターとテーブルあわせて20席弱の小さなお店。ラーメン専門店としてはよくある規模。
ご主人は“昔かたぎ”な職人さん。メニューも、醤油ラーメン、塩ラーメン、チャーシューメン、もやしそば、など、昔ながらのメニュー。インパクトのあるネーミングも、派手な装飾語もついていません。
お品書きもA4ペラ1枚をパウチしたもので、白黒・写真無し・文字だけ!というスタイル。今時珍しいですね。店内にPOP類やポスターも一切なし。
『普通のメニューを普通の価格で!毎日食べても飽きない味!』
これがこのお店の(ご主人の)ポリシー。
住宅街に溶け込むように存在しているそのお店は、地元のファンに支えられ、経営もまずまず安定していました。
しかし、そんな中、お店の近くに新しいお店(結構有名店)が出店してきたのです。オープン間もなく地元の情報誌に記事が掲載され、グルメサイトやSNSを活用しての集客もなかなか巧みで、一時的にお客さんがかなり流れてしまいました。
新たなライバルの影響で売り上げはジリ貧に・・・
ご主人は、自分のスタイルを変える人じゃありませんが、このままではまずい、ということで重い腰を上げました。
まず取り組んだのは、メニューのチェック。お店の看板メニューは、お店の名前がついた「○○ラーメン」。味玉がダブル、チャーシューとメンマが増量という一品。
でもせっかくの看板メニューは店内で全くアピールされていませんでした。
そこでやっていただいたのが、“当店一番人気”という一言を付けること。
そして、お品書きの最初に、写真付きで掲載しました。
え?平凡じゃないかって?いえいえ何もやっていなかったこのお店では十分効果的でした。
これで客単価が変わってきました。元々人気No.1だった「○○ラーメン」(価格は普通のラーメンの約1.5倍)が、売上をさらに伸ばしたおかげです。
でも、一度減ったお客さんをまた増やすには、さらに何か別の策が必要でしたが、チャンスは思わぬところにありました。
その頃、諸事情で急遽2日ほどお店を休まなければならない用事ができました。そこで、臨時休業の前日に、チャーシューや味玉などの具材を、いつも夜遅くに来店し閉店まで飲み食いしてくれる常連さんに、休業のおわびを兼ねてあげたんです。
これがキッカケでした。
再開後まもなく、その常連さんがお店にやってきてくれました。しかもご家族での来店です。
「大将、この間はありがとう!本当に美味しかったよ。嫁さんや子供も大満足で、お店に行きたいなんて言い出してね。」
そして、帰りがけに、また具材を譲ってもらえないかとお願いされたんです。
(有料で)
ご主人も戸惑いましたが、奥さんやお子さんからも頼まれ、とりあえずその日の営業にひびかない程度に小分けして販売したんです。
ここからこのお店の“加速”が始まります。
もともと美味しいと評判のお店です。その常連さんから、あっという間に口コミが広がり、お店で食べた後の帰りがけに、味玉やチャーシューを買って帰る人が増えてきました。
この頃、具材の出る量が急に増えて大変だったそうですが、ご主人は同時に、『これだ』と思ったそうです。
お店で出すラーメンはいわば自分の作品。つまりそれで完成品。そのまま食べて欲しい。トッピングなんてもってのほか。テーブルの調味料もコショーのみ。(これもホントは置きたくない)
【これが、このお店の“固い”こだわり】
でも具材を売るのはOK。具材なら他のシーン(家庭の食卓)でも活躍できれば、丹精こめて作った自分も嬉しい。
【これがこのお店の“柔らかさ”】
その後は、夕方の営業前の時間帯に、買い物帰り風の主婦が店の戸口をのぞきこみ「あの~味玉いただけませんか?買うだけはダメですか?」なんていうお客さんが増え始めました。ご主人は快く売ってあげたそうです。
そういって訪れるのは、今までお店を利用したことがない人。その後ラーメンを食べに来てくれる人も少なくありませんでした。お客さんの数が徐々に戻ってきて、売上もかなり回復してきました。
コロナ禍で多くのお店が苦戦する中、堅調な売り上げを保っているお店です。
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【土屋先生からの一言】
お店を経営していると必ず色々な壁にぶつかります。でもそんな時、自分を見失わず、過去の常識にとらわれない、柔軟な思考が持てる人は強い!
長年経営をしていると、思わぬピンチに見舞われ『もうだめか』と思うことも1度や2度じゃないはず。そんな時こそ【固くて柔らか】でありたいものですね。
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